A walking tour in Nagoya, Japan.
庄内川と新川に挟まれた三角地帯に存在する中川区下之一色町を散歩してから、あおなみ線中島駅まで歩きました。
前回までは完全に港区を歩いていく流れだったとは思うのですが、どうしても撮影したい場所でしたので一旦中川区へ移動するルートをとります。
中川区下之一色町について。
かつて存在した愛知郡下之一色町は中川区一色新町と中川区下之一色町に分離したのですが、今回歩くのは後者となります。
こちらは字のあるやや広範囲の町になっており、庄内川に架かる一色大橋を渡った先の対岸にまで及びます。
古くから漁業で栄えたこの土地には多くの家屋が立ち並んで、一時期は映画館なども存在したそうです。
1969年までは一色電車と呼ばれた市電が走っており、現在の一色大橋のすぐ西にある同名のバス停の位置にその電停はあったのだとか。
下之一色魚市場は現在は閉鎖されており、廃墟となっていました。
こちらにあった漁港は伊勢湾台風の著しい被害から堤防工事が急がれたため役割を終えました。しかし、魚市場としては2021年まで開かれていたのでした。
(下之一色漁港跡の立て看板もチラリと映っていますが、接写すればよかったかなと少し後悔……)
遺構は残念ながらかなり荒れていましたので恐らく遠くないうちに取り壊されてしまうのではないでしょうか。
地域の歴史を語る上で重要な場所なはずですが、コンクリートの大きな建物の保存はなかなか難しそうです。
東起歩道橋の真下に一見何の変哲もない用水が流れていますが、実はこれが以前から追っている稲葉地用水なのです。
そして、次回もまたこの用水に出会うことになるのでした。(謎の予告)
中川車庫。
今まで名古屋市バスの車庫をずっと巡ってきましたが中川区にもありましたので寄ってみました。
ずっとこちらを見逃していたことに後悔があったので今回訪問出来て良かったです。
百曲街道について。
かつての新田の海岸線とさらに追加された新田の間にあった堤防に自然に発生した道が現在の中川区と港区の境界になっているのですが、こちらは幾度も曲がりくねっていたことから百曲街道と呼ばれました。
海岸線にあった街道が現代にまで残存する経緯も前々回と前回に取り上げた新東海道(前ヶ須街道)と同じですね。
百曲街道を追っていくと、その先にある下之一色町が海岸に存在していたことにも、そこにあった漁港が栄えていたことにも両方に納得がいきます。
何故かというと、この街道は下之一色に端を発して熱田区六番あたりで北に進路を変えて中区の門前町(大須観音のすぐ南です)にまで続いていますので、つまりは街と漁港を繋ぐ道だったのだと理解できるからです。
今回は百曲街道そのものは少し歩いただけなのですが、この街道の少し内側にある空雲寺に訪問してみました。
こちらは名古屋の新田開発に関わった鬼頭景義が建立した寺院で、今回の下之一色町および干拓の歴史と百曲街道を巡る旅の締めくくりとして象徴的な場所ですので絶対寄ろうと思っていたのでした。
昭和橋通について。
こちらは国道1号線の通りにある町なのですが、1~6丁目と来て9丁目がかなり離れた位置にあって不自然です。
これは7,8丁目が同区の中島新町などに編入されて消滅したという経緯があるためです。
5丁目から1丁目に関しては以前の動画で歩いているのですが、この時はあおなみ線中島駅から国道1号線沿いに東進して六番町を目指しました。
というわけで次回はというと、そのあおなみ線中島駅から南へ向かい、再び港区へ入って小碓と当知を巡って港北駅まで歩いていく様子をお届けします。
00:00 下之一色町三角
03:40 三角東緑地~三角西緑地
07:00 下之一色漁港跡
13:35 浅間社
17:00 下之一色商店街
22:15 下之一色交差点(国道1号線)~下之一色町北起
25:50 一色大橋(庄内川)~下之一色町松蔭3丁目
31:20 昭和橋通9丁目~高杉町交差点
35:20 東起歩道橋~高杉東交差点
40:15 中川車庫交差点~西中島歩道橋
44:50 中島新町3西交差点~中島新町4丁目
52:30 空雲寺~百曲街道~小碓1北交差点
58:20 中島新町歩道橋~中島橋西交差点
1:01:20 中島橋(荒子川)~昭和橋通6丁目
1:04:10 春日神社~昭和橋通5丁目
1:06:40 中島歩道橋~中島駅南交差点~あおなみ線中島駅
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